2024年11月24日(日)

WEDGE REPORT

2021年3月30日

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 エジプトのピラミッドは世界遺産のなかでも研究が進んでいる遺跡の一つですが、それでも実はまだ解明されていないことがたくさんあります。本当に王の墓なのか、どうやって作られたのか、内部構造はどうなっているのか……。

 当然 学術調査対象としても大人気で、いろいろな国がエジプトに調査団を送りこもうとします。しかし、ことクフ王の「大ピラミッド」となると、とたんに調査のハードルが上がります。学術調査はエジプト政府の許可を得てはじめて開始されるのですが、「大ピラミッド」に関してはなかなか許可が下りないのです。

 そんな中、2015年に日本のテレビ番組が快挙を成し遂げました。TBS『日立世界ふしぎ発見』。あの「大ピラミッド」への登頂。その撮影が許可されたのです(2017年3月11日オンエア)。これは、ピラミッド登頂が、遺跡の保護と安全確保のため1983年に禁止されて以来のことで、日本人にとって初登頂でした。さらに言うと、ピラミッド登頂は通常の登山の常識が通じないところもあります。文化財に杭を打ち込むことができないので、安全確保がままならないのです。実際、登頂も急斜面を安全ロープなしで登らなければいけないという、ある意味過酷なものだったと聞きます。

 そして、この時、もう一つ初めて行われたことがありました。それは、「ドローンを使っての測量」です。デジカメ搭載が標準のドローンは人が行けないところにも容易に入り込むことができますし、危険な場所への潜入も可能です。このため、容易に人が近づけないダム点検などでも使われ、成果を上げています。また空撮用意なので、人が地上から見る景色とは異なる、鳥の視点(神の視点)からの映像を撮影することができ、映画撮影などでは不可欠なツールです。

 2015年、ドローンを使った初のピラミッド撮影を成し遂げたのはチーム「GIZA 3D Survey」。しかし、学術調査、特に海外では膨大な費用がかかります。多くの場合、調査隊はスポンサーを募ります。テレビなどはスポンサーを募りやすいのですが、この時は、当時まだ日本では走り出したばかりの「クラウドファンディング」を活用しました。支援者にも恵まれ、現地での撮影やデータ取得だけではなく、データ解析まで行える予算(解析は日本で行い、約2年かけた)を用意することができました。

 支援を募るには、まずは信頼を得なければいけません。このため、どんな人たちが支援を募っているのかが、重要なポイントになります。この「GIZA 3D Survey」のクラウドファンディングページも類に漏れず、チームメンバーが詳しく紹介されていました。その中に、ひと際個性的な人物がいます。CG/ドローン撮影 World Scan Projectを主宰、撮影を成功させた市川泰雅氏です。

矜恃は「アート」、パワーは「好奇心」

 市川氏の履歴を見ると「『CG』『VFX』専攻」とあります。普通、映像関連の学校に行った場合、就職先は映像プロダクションの場合が多いです。このため、失礼ながら学校についても聞いてみました。行かれたのは「芸術系」の大学でした。私も職業柄、工業デザイン系の知り合いが多いのですが、絵画、彫刻系の表現者、いわゆる芸術系の人は、実にいろいろなことを知っていますし、色々なことに経験豊かです。理由は簡単。彼らは自分の表現に妥協しないからです。

 知恵の続く限り、工夫を続けます。例えば、今持っている絵具に適切な色がない場合、自分で色を作ろうとします。自然の中からら似た色のモノをセレクトし、すりつぶして絵具化してしまうのです。立体物でも、そうです。例えば、素材を鉄にすると、溶接機、グラインダーなど工場のテスト部屋の様に、各種設備が必要ですし、使いこなしが必要です。また最近時々見かけるチェーンソーアートなど、過程は本当にアートしているのかと思わせるものもあります。彼らの場合、この様なバイタリティー溢れる創意工夫を続けるのは当たり前なのです。

 あの葛飾北斎も、一生工夫を続けたそうです。市川氏はこの流れの人で、CGがVRが、どうこうというより、自分で満足する映像(アート)を、あらゆる方法を使って作り込む人なのです。

 当然、氏は映像好きです。ハリウッド映画の様に、インパクトがある映像なら尚更です。そのハリウッド映画の傑作に「インディ・ジョーンズ」シリーズがあります。特に、第一作目の「レイダーズ 失われたアーク(聖櫃)」では、ピラミッドではありませんが、舞台はエジプト。氏も大好きな作品だそうです。また幼少期には世界遺産の本をご両親に買ってもらい、まだ見たこともないモノへの興味を膨らませたそうです。確かに、世界遺産の写真は目を見張るほど素晴らしいモノが多い。思わず行ってみたくなる迫力があります。今の世の中、インディ・ジョーンズの様に力づくのお宝争奪戦はないと分かっていても、胸は高なりますよね。

 氏の中では、「遺跡」という考古学分野と、「映像表現」は双方とも、十分自分の興味内。幾ら力を注いでも、イイわけです。

 また、社会状況もこの状況を後押しします。サスティナブルな社会を作るための指針「SDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標)」の11番目のゴールには、「住み続けられるまちづくりを 都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする」というテーマがあり、その中の項目に「11.4 世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する。」というものがあります。文化遺産や自然遺産を守ることは、文化国家を標榜するなら当たり前のことですが、改めて世界から必要とされている重要なミッションと定義されたわけです。

 新しいことを生み出したいという信念も相まって、市川氏は「歴史的な建築物や遺産、自然を「3Dスキャン」すること」にしました。ピラミッドもそうですが、多くの世界遺産では、人々が自由にアクセスできるデジタルデータがなかなかないのが現状です。

 行った人にしか見られない唯一無二の遺産とするのもいいのですが、京都の金閣寺、沖縄の首里城のように火災焼失の可能性もあります。この時、再現再建するとなると、正確なデジタルデータは不可欠です。その実現を目指すプロジェクトが、「ワールド・スキャン・プロジェクト」です。

 この時に使用されるのが重要ツールがドローンです。足場を組まず短時間でデータを集めるのに、これくらい便利なモノはありません。特に足場は遺跡を傷つける可能性がありますので、使わずに済むなら、そちらの方がベターです。今回の3Dスキャンはピラミッドの側面4面を1面ずつ撮影して行いました。ドローンの撮影位置などはGPSで追跡します。こうして、正確な位置と長さが測定できるのです。

 興味深いのは使用するカメラです。宇宙開発で使われているカメラ「ハッセルブラッド」は有名ですが、とても高価です。業務用としても実に高い。しかし、スキャニングにはそんなに高級なカメラは使わないそうです。ソニーのαやGo Proを用いるそうです。Go Proは、200gに満たないアクションカメラ。最新版の9 Blackは、4Kで画像もいいのですが、選択理由は「重さ」です。重いカメラだと、万が一、墜落した場合、遺跡を傷つける可能性があるので、Go Proなど、GPS機能付きの軽いカメラを使うそうです。付け加えますと、軽いカメラはドローンに搭載させやすい上に、ドローンの消費電力も抑えられます。より長時間の連続調査が可能になるのです。

 ギザのピラミッド群は、ほぼ2週間でスキャン作業を終えたそうです。が、それは生データー。その後、ノイズを除去、一つ一つのデータを出した後、組み合わせ検証します。2017年撮影分の解析が終わったのは、2020年夏。“言うは易く行うは難し”です。

 私も職業柄いろいろなVRを見ていますが、ここまでの映像は、見たことないです。しかも、有無を言わせぬほどの迫力があります。しかも美しい。氏の矜恃である今までにない映像、アート作品が出来上がったわけです。しかも正確です。実に凄いものなのです。


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